EXILEのあっちゃん大変だったんだね!日本人にしか見えない”日本の空気”に客感的に思うこと。
私はEXILEの類に興味がない。
キレキレのダンスを見るのは好きだけど、あんまりよくは知らない。
たまたまだけど、こんな記事を読んだ。
EXILE ATSUSHI、アメリカ留学へ至った苦悩を告白 「楽屋で暴れるくらいの具合の悪さに」
http://realsound.jp/2018/04/post-182754_1.html
彼がアメリカに留学してるけど、毎日インスタのなんかにハマりまくってるってのは、聞いてたから、案外楽しくやってんじゃんって思っていた。(実際楽しかったのかもw)
この記事でも言ってる通り、彼は本当に限界だったんだと思う。(真面目なのかな?)
でもこれって、日本人特有のやつだと感じたんだよね。
自分が楽しむためじゃなく人のためにやってても、時に限界がくる。
ちゃんとやろうと思えば尚更だ。
それをなんとも思わず、無になりこなせる人ももちろんいる。
生まれながらたくさんのルールの中で育ち、人に迷惑をかけないよう、
仕事は誠実にこなすが善しとして教えられた、私たちの国民性はわりと完璧主義だ。
それはそれでいい事。ただ、限界を感じてる人に無意識にはびこる完璧主義な環境ではいくらあか抜けた人だって、救えない。
所詮、その環境の範囲で抜きん出てるだけなのだから。
環境を変えると、いろいろな事に気づかされる。
他の国は全然違う。
第一優先は家族と身内。
所詮は仕事。しくじったって気にしない。
相手が待っていようと気にしない。
すみませんって言えばいいだけのことさ。
しょうがないじゃん?(それさえ言わない人だって腐る程いるさ)
こっちに責任はないよ。
運が悪かったね。
そんなところを見て、いーんだ!笑 と思った。
や、誰でも思うはず。
それを適当って言っちゃえばそれまでだけど、それでもまぁいーんだと思う。
もし外国人にいそうな我の強すぎるタイプの日本人だったら、
まじでない!ありえない!礼儀なってねぇ!
ってボロクソ言われるなかもしれないけど、
外国人ならしょうがない。帰国子女ならじゃあしょうがない。
日本人は”外国仕様”にはやけに寛容だ。
空気を読めば読むほど、気を遣えば遣うほど、
時に個性がなくなり、自由が奪われる。
だったら気ぃきかない奴の方がいいじゃん!本人気づいて無いんだし。
自分らしくいられなくなるほど、頑張る必要も、他人に同調する必要もないし、人に好かれる必要もない。
大事にすべきものって本当に近すぎて気づきづらいのかもしれないし、環境がそうさせてくれないかもしれない。
でも自分が好きな自分でいること、楽しむことを諦めたらそこで終わり。だと思うんだ。